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【重版出来12巻】作家に必要な「知る姿勢」:インプット論

重版出来12巻を読んでの感想。

ご注意!ネタバレ含みます

キャラクターが「動かない」仲田伯先生の苦悩から

今回気になったのは

12巻の中盤から始まる、ピーヴ遷移の作者、仲田伯先生の話です。

登場するキャラクターの一人がいわゆる「動かない」キャラクターになってしまっている。という事を野田編集長が黒沢心に伝える事から始まります。

このキャラクターは仲田先生の「暴力を振るっていた父親」がモデルになっているとの事。

ただこのキャラの浅さを自信が理解できていない。

困った仲田先生は師である三蔵山先生に相談に行くという話です。

作家に必要な「知る姿勢」

三蔵山先生は仲田先生の「好奇心」の幅の狭さを指摘します。

「興味がないものやコトでも、しっかり見る。自分なりに考える

三蔵山先生の言葉が響いた仲田先生は

暴力を奮っていた父(今は若年性の認知症を患い施設にいる)に会いに行く決心をします。

仕事として。

ここに震えました。

壬生さんが「マジ作家」と言葉をつぶやいてたけど、まさに作家だなぁと。

この好奇心というか、作品に対する貪欲さ、見習っていきたい。

ストーリーがこの後どうなるのかは置いておいて。この貪欲さに対する考察というか感じた事を描きます。

知る姿勢:好奇心を強く持っていたい。知る機会を増やしたい。

結局キャラクターってのは作者本人の一部でしかありません。

それを育てるために作家ってのは人生を通して、あらゆる人に出会い、作品に出会い、経験を積み感情を震わせていかなければいけないんだろうなと。

そして、ボクはそれが出来ていないなぁと。

そんな事を思ったわけです。

家に籠もり、好きなものを見て、ぼんやりと暮らしている。

これではダメだと。

好奇心そのものは少なくはないけど、人に対する興味は薄い。

ただ、救いなのが「キャラクター」への興味はあるという事。

「本物に沿っているものこそすばらしい」という考え方はあるけど、それは絶対ではないと思います。

もちろん、本物を通して得た体験ってのはそれに代わるものは無いと思いますが、本物、現実を通してすべてを経験出来るわけではないですし。

漫画ってのは良くも悪くもフィクション。

理想や妄想の産物を積み上げる事で築けるものはあるし、ボクくらい人に会わずに作品描いてる人も少ないだろうから、それは逆に武器にもできなくはないだろうと。

ただそこに「好奇心」をもっていなければな…とは思いました。

それが現実の人だろうがキャラクターだろうが、自分の興味を越えたものを知る機会を失ってはいけないなとそんな事を思ったのです。

その機会を増やすためなら、現実だろうがフィクションだろうが、心地よいものだけを追い求めずに、「我慢」まではする必要はないけど、インプットの幅を広げていきたいなぁと。

そんな事を

重版出来12巻を読んで思いました。