いのいぬ.com

漫画描きが、漫画や絵の事、作品レビュー、セミリタイアなどについて書くブログ

脚本術ーテーマ性よりキャラクターを重視すべきなのでは

脚本術を語る時よく出てくる「神話の法則」や「ハリウッド脚本術」ですが

ボクはこれ、あんまり意味ないんじゃない?と思ってるんです。

ハリウッド脚本術はあの乙一先生が利用していると公言しておられますし、ハリウッドではもちろん使われています。

しかし実際問題、この脚本術通りに作ればいい作品になるわけではありません。

僕自身、この日常から始まり、冒険に出て、手助けを得て、打開して絶望して自分のちからで乗り越えて…って流れを意識して作品を書こうとした事はあるんですが、どうも予定調和的な流れがいまいちピンとこない。

色々考えた結果。

この作り方はテーマ性(伝えたいこと)が重要視されすぎてしまうと思ったのです。

そこで、結果的に自分には合わないどころか

そもそもこれって日本人に合わなくない?と思ったこと、というか下手すりゃアメリカ人にも合ってないかもと思うようになり色々考えた結果。

テーマ性よりキャラクター重視でいいんじゃない?って結論に至りました。

脚本はキャラ重視で:人は人を観ている

答えはこれですね。

エンタメ作品を見る時、視聴者はキャラクターを観ています。つまり人は人を観ているんです。

「死とはなにか」という作品で、死について淡々と語るのであればそれはエンタメ作品ではなく情報作品です。

ハイデガーでも読んでろってことになるわけですね。

自分の作品を手にとってくれる読者視聴者は情報を知りたいのか、作品を楽しみたいのか、それをしっかり考えてください。

情報が知りたい時に研究者の肩書も無い、ビジネスの成功歴もない自分の、そして貴方の作品を「哲学」として読もうと思いますか?

思いませんよね。

自分が読者だったら…と考えてください。

どこのだれが書いたかわからない死生観にお金払いますか?

しかもエンタメ作品のはずが、淡々と情報を述べるような独特な作品に。それなら最初から哲学者の本でも読みますわって話になりますよね。

ボクなら間違いなくそうします。

ぼくらがエンタメ作品を消費する時、「楽しみたい」という前提があるはずです。

そしてそれは「キャラクターありき」なんです。

どんなテーマ性が素晴らしい名作でも、登場人物全員に感情移入できないと楽しくないんですよね

人は人を観ている。これを抑えておくべきかと思います。

脚本は書くんじゃなくて、キャラを自由に動かすことが大事

脚本は用意されたレールに従って描写するのではなく

出来上がったキャラクターを魅力的に描くためにレールを利用しなくてはいけません。

ハリウッド脚本術に沿って描こうとするとどうしても、必要なキャラクターを予定調和的に登場させなくてはいけなくなります。

ハリウッド脚本術で重要なポイントは、人の助け、と自己成長だと思います。

ピクサーも作品の中での「成長」を重要視しているそうですが。

日常、変化、成長、帰還。これができてれば良いわけで、細かい事はスルーです。

そしてこれは脚本をする上で必然的に登場するものであって、ハリウッド脚本術がなければできないものではありません。

キャラクターにアクションを起こさせるという事は、キャラクターに対していつもどおりではにアクションが提示されるからです。

ソレに対してキャラクターは反応します。

それを繰り返し成長して、最後にキャラクターの変化を魅せるために元の日常にキャラクターを戻せばいいのですね。

これはストーリー作品で必要なポイントなので、キャラ物だと別に不要ですが。

このレールに沿ってキャラを変化させるのではなくて、

キャラが変化するから必然的に、このレールが形成されるんです。

逆なんですよ。逆。

キャラクターが入れば脚本は勝手に進む

で逆と言えば、脚本があるからキャラクターがいるわけではなく。

キャラクターがいるから、脚本が成立するんですよね。

キャラクターがいないのに脚本が始まるって、お前は北欧神話かって。

いや、北欧神話だってギンヌンガガプから突然なんやかんやあってユミルが登場するわけではなく。

ユミルが登場する事が前提としてあるから、ギンヌンガガプの存在が確立されるんですよね。

人として、キャラクターとして認識できる存在そのものが物語であり、脚本なんですよね。

で、キャラクターが確立されれば、「お話」というものは自然に動き始めます。

ただ一人の人間がそこにつったっていました、なんてのはありえないわけで。

巨人が産まれたら、巨人はどうするのか、巨人は赤ちゃんだ。じゃあ誰が世話をするのか

そんな風にキャラクターが環境や周りのキャラクターからのアクションによって、変化し成長していくから話が進むのです。

先行的にあるのは脚本ではなく、キャラクターで

キャラクターが確立すれば脚本なんて自然に進むと思うんですよね。

キャラ漫画でいいんじゃない?

でストーリー作品つくりたいって人も多いとは思うんですが

結局エンタメ作品なんてキャラクター作品でいいんじゃない?って思うわけです。

テーマをスルーしろって話ではなく。

テーマ性は別にもたせて持たせなくても、エンタメ作品として消費する時にユーザーにとって重要なのはキャラの魅力であって、脚本の素晴らしさとかテーマ性ではないんですよ。

キャラ漫画っていうと芳文社系の4コマ漫画みたいなのをイメージされる方も多いかもですが、もちろんそれでもいいんですけど。

基本的にウケてる漫画は100%と言っていいほど「キャラ漫画」です。

キャラクターが思い浮かばない名作があれば教えてもらいたいくらい。

それくらいキャラクターってものをしっかり押し出していかないと、ストーリーなんてクソほども役に立たないって事ですよね。

キャラを愛してもある事を前提に作品を作らないと、それこそストーリー作品だろうが、高尚なテーマだろうが何の価値も残せないと思うんです。

SNS時代の脚本術

キャラクターをもっと重要視しようって事で大事な要素はSNS。

SNS時代のコンテンツ消費の速度は非常に速くなっています。

そのためだらだらと長い講釈をたれていては冗長になってしまいなかなか楽しんでもらえない、というかスピード感が時代を経て代わってきているとボクは思っています。

現代のSNSの速度化nで作品を楽しんでもらうには、できるだけ早く作品性の提示しなければいけません。

その速度を上げるには登場人物の面白さを早急に伝える必要があります。

「この世界は…魔法のちからで…魔法とは…」とかやってるとなかなか読んでもらえないんですよね。

そういうのが好きな人もそれなりに居ますし、昨今マスマーケティングをする必要はないので、そういう設定推しまくり作品が好きな層に向けて作品を作るなら問題無いのですが。

ビジネスコピーライティングでよく言われてるように「読まれない」事を前提に考えなきゃいけないと思います。

そのためにも、短く端的に「こんなキャラクターの作品ですよ」と伝える必要があります。

生きるとはなにか…が、最初から最後まで40P読んでもらわないと伝われないような作品の作り方では読んでもらえないんです。

それなら、「生きるとはなにか」を伝えたいなら、それを「どういうキャラクターが表現するか」を早急に提示して、そのキャラクターと共にそのテーマを追う作品にすれば良いのです。

難しいですが。読んでもらえないとテーマなんて伝わらないので、キャラクターと一緒に読者に歩んでいってもらって最後まで読んでもらう方が「テーマ性」を重視するより結果的に読者にテーマが伝わります。

テーマを推して読んでもらえないより、キャラを推してテーマに少しでも触れてもらう方が世の中に価値を残せると思うんです。

エンタメ作品(映画やラノベや漫画)の脚本術はキャラ重視が正解

ってなわけでエンタメ作品はキャラを大事にしようぜって話でした。

ちょっと僕自身もまだイメージしきれてなくてまとまってない感じがありますけど。

メッセージ性をもたせた作品を作ろうなんて考えを知ているとどうしてもプロット段階でキャラではなく設定が重要視されてしまいます。

でも実際求められているのはキャラクターの魅力、面白さです。

つまり。プロット段階で、例えば悲惨な事件があればその事件を起こしたキャラクター像、被害を受けたキャラクター像、もしくはその事件を事前に食い止める事ができる正義の味方的なポジションのキャラクター像。

とにかくプロット段階で「設定」ではなく「キャラクター」を作る癖をつけていくべきなんじゃないかなとそんな事を思ったわけです。

脚本からキャラ作り技術へ

という事で、こんなことを考えた結果ボクが取ろうと思った行動をまとめていきます。

  • 人を見た時、その人の日常をイメージしてみる
  • 事件があった時、どんな人物像が浮かぶか想像する
  • 設定が浮かんだら、その設定の中で中心になる人物を最低二人は書き出す

こんな感じですかね。

人間観察って大事なのかなぁと

引きこもり作家生活が10年続いて、今更思いましたとさ。