隠れて生きよ ~いのいぬ.com~

漫画描きが、漫画や絵の事、作品レビュー、セミリタイアなどについて書くブログ

生きたいという願望を餓死させる

結局、執着を手放し続ける事が最強だなぁと改めて思う井上です。

願望を餓死させる

ドーパミンについて

現代の科学的に言えば、願望ってのは表現の一つは様々なれど

ドーパミンがぶよぶよでてる状態

コレに関しては僕自身もはっきりしてない所ではあるけど、ドーパミンは快楽物質というより快楽を求める物質であるという方が正しいっぽくて

この反応は数分で収まる

渇望してる状態ドーパミンが脳の中でどんな状態なのかは正直よくわからんのだけど

行動を取る事でドーパミンが出るのではなく、行動を起こした時点でドーパミンはピークに達してそこからは減退していくらしい

例を出すならば「ケーキが食べたいって時にはドーパミンは出てて、ケーキを食べた瞬間がピークで後はぎゅんぎゅん下がってく」って事。

この辺の科学は、いまいち知らなくていいと思う。

科学者になるなら別だけど、科学の見識って結構後で当たり前のように変わるので、「まぁ何かしら脳が反応してんのねぇ」くらいで

願望を餓死させるには

こういった依存行動や、欲を求める状態におけるドーパミン反応は数分で止まる事がわかっているらしい

ので

  • 願望を感じたら5分ほど、時間を置こう

というのが願望餓死の最適ソリューションなんじゃなかろうか。

メタ認知を鍛える

とはいえ、その願望に気づかなければならないので

日頃から、10分瞑想などのマインドフルネストレーニングを行ってメタ認知を鍛えて置かなければ

願望の振り回しに対処ができない。

オススメとしては

  • 10分前後の瞑想
  • 筆記開示などで自己俯瞰と脳のリソースを空けておく
  • マインドフルに家事、ウォーキングなどの日常活動
  • 脱フュージョン

この辺か

代替行動を決めておく(if-thenプランニング

例えば

暴飲暴食をやめたいなら

  • 暴飲暴食したくなったら… ○○をする

という代替行動を決めておく。これで脳の渇望が収まるまでの時間を稼げばいい。

もちろん、不安など感情への対処にも使える

  • 不安になったら ○○をする
  • 怒りを感じたら○○をする

など

単純に良い習慣に置き換えておくのがベストだけど

それができないなら一時しのぎ的に悪習慣に手を染めるのも悪くはないと思う。

例えば、テトリスを行う事で不安が解消したというデータがあったりするので、そういったゲームなどを使って一時的に気をそらすという策はトレードオフ戦略として有効に働く事もあると思う。

置き換え習慣としては

  • 運動
  • 読書
  • 日記(筆記開示)
  • 瞑想

辺りは鉄板っちゃ鉄板でしょう。

「掃除」などの日常の雑務に手を染めるのもありかと

とりあえず、脳の悪癖を断ち切るために、一時しのぎ的に別の事をやる事

やりたくない事をしてる時の反応

やりたくない事をしてる時、脳の中で何が起きてるのかは知らんが

早くこの仕事終わらせて、おもろい事したいでぇ

ってな事を、多くの人は思ってるんじゃないかなと。

これは言い換えれば、目の前の面倒への抵抗でもあるわけだけど、「おもろいこと」への執着であるとも言える。

「仕事はよ終わらせて、家帰ってゲームしよ」 はゲームへの執着だし

「早く帰って、彼女といちゃつきたい」は彼女への執着

執着がある限り、目の前の事への集中はできず、受容の精神は育たたない。

人間いつか死ぬ

人間、いつか死ぬ

死ぬという絶対的な不条理への受容を行うための練習が人生であると、僕は思う。

ストイックに生きる事は、辛いのではなく、いつかくるソレへの練習だと思えば、別に楽しくないなんて事はない。

死ぬトレーニングでしかない。

第一歩として、簡易な悪グセ(超正常刺激)からの精神的解放を目指す事

第二歩として、生きるという事における苦全般からの解放として、生きる上での快全般への執着を手放す事

「生きたい」という渇望を手放す事で、初めて本当の意味で自由に生きられるのではないかと、思うわけですよ。おじさんは。

それが、最も獲得する価値のあるもので

これは日々自分が積み重ねるしかなく、突然の「明日死にますよ」から練習するのは苦痛がでかすぎるんじゃなかろうか。

つまるところ、今回の話しは

死ぬためのメントレのために、簡単に欲を解消すんのをやめるんじゃよ。って話し。