隠れて生きよ ~いのいぬ.com~

漫画描きが、漫画や絵の事、作品レビュー、セミリタイアなどについて書くブログ

情報は本当に必要なんだろうか。

情報は本当に必要なんだろうか。

新しい情報というのは専門家の間でもコンセンサスが取れていないものだったりする。

例えば、最新心理学論文なんてのはその代表で、精度の違いこそあれ、一つの論文が出たという事でそれが事実のように語られるが

一説でしかない。

一時期もてはやされていた、「意志力は消耗する説」も今や懐疑論も出てきて何が何やら状態になってる。

新しい情報なんて本当に必要なんだろうか。

最新を追うより、コンセンサスの取れたメソッドを実践する

最近、認知行動療法とその親戚周りを調べて回っていて思う事がある

俺は今まで何を追いかけていたんだ

と。

これまで、パレオさんはじめ多くの「最新」情報をおいかけてきたが、

ほとんど役に立たなかった。

理由は簡単で、だめなものに何かを「加える事」では付け焼き刃にしかならない。

根本的な部分を直さないとどうにもならない。

うまくいくひとは、うまくいくだけの土台があるんだ。

認知行動療法は、しっかり土台を変える事をに焦点が向いている。

これを実践すると本当にびっくりするほど、メンタル面の安定度が増した。(パレオさんもこれは進めているので、彼の主張がだめと言っているわけではないので誤解しないでね)

それと、認知行動療法とその親戚周り、マインドフルネス療法や、行動活性化療法、弁証法的行動療法などを調べてわかったことだけど。

これは生産性向上にも使えるし、どこぞの一発屋みたいな実業家の自己啓発本の何千倍の役に立つと断言出来る。

結局、必要なのは、内省(自分を知り、対話し、考え、反証し、認知の多様性を持つ事)なんだと思う。

これはメンタルハックでも、生産性向上でも、対人関係向上にでも、すべてに応用が聴く。

そして、この考え方のもつ重要性は古くからの哲学で口酸っぱく言われ続けてる事だ。

新しいより大事なこと

新しさより、なぜ哲学が残っているのか。

それは考え方、考え方の多様性の重要さが人間の生きるという苦行を楽にしてくれるからだ。

自殺を考える時、多くの場合白黒思考に陥る。「逃げられないなら、死ぬしか無い」と。

認知の多様性の重要さはここにも現れているけど「別の考え方がある」と知ることや、「感情があることと動けない事はイコールではない」ことや「弁証法的解釈の可能性」などを知る事で、人間は行動できる。

生きるのが下手くそな、僕のような人間に必要なのは「認知の多様性」と「感情と行動規範の切り離しまたは共存」であって、小手先の最新テクニックではない。

小さなテクニック一つで変われるような人間は、そもそも土台が盤石なんだ。

人間の抱えている問題の8割くらいは、「哲学」+「認知行動療法」でなんとかなるんじゃないか。

とか思ったり思わなかったり。

しらんけどな。

いやな気分よ、さようなら コンパクト版

いやな気分よ、さようなら コンパクト版