隠れて生きよ ~いのいぬ.com~

漫画描きが、漫画や絵の事、作品レビュー、セミリタイアなどについて書くブログ

正論:人生は苦である。

人生は苦である

これは仏教で言われてることで

仏陀は、出家者と一般人には説法の内容が違ったと言われてる。

一般人には「一般的に言われてる良い行いをしなはれ」という形のものだったとか。

これでは苦からは逃げられない。

良い行いをするということは確かに、慈しみをもつという意味で、現代科学に照らし合わせるならセルフコンパッションを高めるための行動として有効であるが

それは世俗的な不平不満からの解放の一助とはなるものの

「良い行いをしたい」という欲に収束するのが関の山で、それ以上でもそれ以下でもない。

苦とは

苦とは、不満みたいなもので

世俗的な欲に縛られてるとこの苦悩から逃れることはできない。

お金を得たとしても、もっと欲しく成るだろうし

恋人を得ても、脳は順化するから飽きてしまうかもしれないし、もっと美人がいいなんてことを考えはじめることもある

色欲や承認には際限がない

人間、何かを欲すれば、得ていない状態に意識を集中することになる。

それが苦であり、要するに不満。

持っていないものへの意識の集中だ。

生きている限り、欲は生まれる。

それらから解放されようぜってのが仏教の教えの一つで、この考え方は日本に伝わった大乗仏教には薄い。

南の方を通った、テーラワーダ、上座部仏教の方には強く残っている考え方だ。

瞑想するしかねぇ

解決策は自己鍛錬。

つまるところ、瞑想にある。

欲が何故問題になるのか

それは欲によって心を奪われるからだ。

ストア哲学のエピクテトスは「情念に拉致されないように」と繰り返し説く。

これはもうほんとありとあらゆる哲学者、思想家、心理療法で言われてること。

まとめるなら。

心は常にふわふわと移ろうもので、それにいち早く気づき、自分が本当にやりたいこと、自分の目の前にあること、自分のちからが影響を及ぼすことに意識を向けようという考え方が大切ってこと。

雑念への「気づき」と「受け流し方」を習得する鍛錬が瞑想ってことになる。

感情に気づき、受け流す。

柔の心よな。

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