隠れて生きよ ~いのいぬ.com~

漫画描きが、漫画や絵の事、作品レビュー、セミリタイアなどについて書くブログ

【幸福論】朝、散歩出来るという幸福

口元にニキビできたからヘルペスかと思った井上です。

幸福とはなんだろう

最近、幸福ってなんだろうと考える事が増えまして。 過去何度も「幸福ってのは自分が幸福だと思えるかどうかが重要で、他人や世俗的指標は関係ない!」と書いてきました。

しかしこれもまた、言うは易し行うは難し。というやつで。

世俗的な価値観から離れても

世俗的な価値観からは完全に逸脱してる僕ですが、まぁ世俗的幸福論に引っ張られる事もあります。

  • 結婚したらどうなってたんだろう
  • 家族の近くに済んでいたら
  • 友達がもっとたくさんいたら
  • お金がもっとあったら
  • 仕事がうまくいっていたら

とか。

こういうタラレバを考えたりしてるときりがないけど、時々ふと、こんなことを考えたりするんですよね。

そして、これらの条件が満たされると「幸福」になれるんじゃないか。とか。

幸福に条件はない

ただ、幸福ってのは条件じゃなくて、上述した通りい

その人がどう思うか

によって定められるものです。

なので、たとえ、僕が選ばなかった道を選んだ人たち(上に記したようなタラレバを達成してる人たち)、でも不幸な人もいますし。

僕のように生きてても、100%幸福な人もいるでしょう。

朝散歩しながら、感じた幸福感

んで、今朝(執筆時は8月6日)、散歩してて

こんな時間に、なんも気にせずだらだら歩けるとか幸福では…?

とか思ったりして。

脳科学者、中野信子さんが以前

脳は悲しきかな、どんな幸せな状況に対してでも、順化する(なれちゃうってこと)。

的な話をラジオでされてまして。

今回の件と照らし合わせて思ったんだけど、

エピクロスや、老師が言ってる通り

  • 目の前にあるものを無視して無いものを追いかけてると不幸になる。(足るを知る)

ってのは脳科学的見地からみても、おそらく真理なんだろうなって、思うわけです。

その中でも、小さい目標作って達成してドーパミン出したりとか、人や動物と触れ合ってオキシトシンだしたりとか、運動してセロトニン出したりとかってのは必要なんだろうけど

無いものねだりをやめない限りは、ずっと自分の不幸(無いもの)にばかり目が言ってしまうんでしょうね。

まぁ適当に。

って事でまぁ適当に生きろしとそんな事を思いましたとさ。

鴨長明も「世俗的価値観とはなんたるや~」ってな話をしておいて落ちに「でも自分も結局まだその感情の縛りから抜け出せてない」ってオチで終わってますんで。

まぁ簡単ではない。って事なんでしょうよ。

瞑想でもすっか。