隠れて生きよ ~いのいぬ.com~

漫画描きが、漫画や絵の事、作品レビュー、セミリタイアなどについて書くブログ

ブログをやめようか。笑っていたいので。

ブログをやめようか。笑っていたいので。

自分のブログは、書いてる事がなんかこう厚かましいというか。

生き方とかお金とか、仕事術とか、書いてて楽しくはあるものの、面白くはない。

なんかこう、自分の中でもしっくりきてなくて。

漫画を描いてる時、面白いと思えるこの感情をブログに反映させることができないかと手探りしてたんだけど。

どうも無理くさい。

いっそやめてしまうのがいいんじゃないだろうかと思えてきた。

面白いものを作りたい

自分がやってて、楽しいって意味では、

文章を書きなぐるのは嫌いじゃないので、楽しいっちゃ楽しい。

でも、僕は、面白いものを作りたいという欲求がある。

漫画はそれを叶えてくれるけど、ブログはそれを叶えてくれない。

というか、文章を面白くってどうやるんだろういう謎に悩んでたりする。

ペルソナ問題:文章を書く時、面白いものを作ろうと思ってない

漫画は漫画の中のキャラクターが、勝手に喋ってくれて、それは僕自身ではない。

ブログは井上という皮をかぶってるとはいえ、僕自身が発していると捉えられてしまう。捉えられてしまうというか発しているのは僕なのだけど。

そこに情けない自我が生じる。

自分の中にはどこか、かっこよく見られたいという欲があるんだろう。

承認欲求はくそであると書き続けていながらも、未だその承認にとらわれているのかもしれない。

それとも、この文章が僕自身なのかもしれない。

それはわからないけど。

道化になる覚悟が出来てないんだ。自分は。

笑われるということを恐れなくとも、どうすればいいかはわからない。

僕は、人前で失敗をする事を恐れていて

それが社会と自分の生活に大きな隔たりを作り、漫画家なんて水商売を始めるきっかけになった。

よく見られたいという心を、以前より少しましにできたのは、ストア哲学やアドラーのおかげだけど

それでも自分がよく見られたいという意識を持っていると実感することは多々ある。

そんな時、その感情をなんとかする事ができても、

「どうすればいいか」はわからない。

この辺は経験不足なんだろうから仕方ないんだろうけど。

結局、ブログもその延長上にあるから、面白くさせる事より、よく見られようとする浅ましさ、厚かましさが文章に乗ってしまい。

自分で読んでも面白く感じないんだろう。

役に立ちたいという気持ち。

僕が生き方やら哲学やら、お金やら仕事やらの話を書くのは

僕自身が大学の頃に学歴を積む事を失敗をして、社会人として生きていく事も下手くそで、こんな道を歩むようになったという経験から

誰かのに役に立てればそれに越したことはないと思うようになった。

しかし。僕は物事をセンセーショナルに伝える事を拒む正確で、過度な演出が出来ない。

ただただ、役に立つ情報なら、まず見てもらわなければ話にならないのだけど

そのための入り口を作れない。

下手くそなのだ。アピールが、自己PRが。

だから漫画を書いているのに、なんで自分を表現するなんて馬鹿な事を初めてしまったのだろう。

役に立つ事を発信する必要なんて、そもそも無い。

そんなもの世の中にあふれている。ただ事実を事実として発信する作業に価値なんてない。

ではどうするか。

  • ブログをやめる
  • 面白い文章を書こうという意識をもって書く

この二択だけれど。

さてどうしようか。迷うところ。

漫画でやればいいものを、わざわざブログでやる必要があるのか。という謎もあるし。

おとなしく閉じてしまうのが手っ取り早いのかもしれない。

サンクコストバイアスに縛られない事も重要だと思う。