隠れて生きよ ~いのいぬ.com~

漫画描きが、漫画や絵の事、作品レビュー、セミリタイアなどについて書くブログ

「物が欲しい」→死ぬのが怖くなるだけ

  • 死への恐怖は喪失への恐れである
  • 物欲には限りがない→時間と金の無駄な上に精神的トレーニングにならない
  • 死が怖くなくなるための解決策の一つは:物を捨てる事

www.inoinu.com

死の恐れは喪失感である

これは前も書いたけど。

孤独死とかどうとかクソ関係なくて、

死の恐れって、周りにどれだけ囲まれていようが囲まれていなかろうが、現在の自分という存在の喪失や、現在の生活の喪失、所有物の喪失、関係性の喪失への恐れだと思ってるんですよね。

死ぬのがコワイのって、端的に「命の喪失」って捉えられがちだけど、命の喪失ってのは生きる事の喪失で

生きる事の喪失ってどういう事っていうと、上に書いてあるような事になるという話。

物があれば幸せだと思っている人たち

お金があればあらゆるものを買う事が出来て、幸せになれると思ってる人達がいるけど

これは間違い。

ものを所有した所で、幸福度が長く続かないのは多くの心理学研究で証明されていて、これは事実。

数多くの金持ちも同義の発言をしてる。もちろん気づいてない金持ちもいるのは事実。それは精神的成長と経済的自由度とは別に関係がないからね。内省してるかどうかって話なので。

モノを持てば持つほど、それを維持するためのスペースや維持へのコストがかかるし、場合によっては新しいものを得る際に機会損失が生じる事もある。

  • 豪邸にすみ
  • 衣装ルームを作り
  • ありとあらゆる世界中のブランドのバッグやドレスを…

みたいなセレブレポートがテレビで溢れてた時代、ありましたよね。今はしらんけど。Tverしかないので。

Tver…あ。マツコ会議とかはその手のノリが若干感じられるかな。拝金主義の匂いするよね、あの番組。

それはおいておいて。

物を持つってコストすごいんですわって話。

そして死ぬ時思うのだ「持っていけないんだ」…と

所有欲はたしかに、生きてるウチには満たすことができるんだけど。

人間誰しもいつかは死ぬのです。

ものをもてば持つほど、

あらゆるものを持っているのに、

それが一つたりとも、持っていけないという事実が

死という存在の無力感を助長させるわけです。

こんなに金があって、こんなにブランド品に囲まれている。誰もが羨む生活を手に入れたのに。俺は死ぬのだ。

虚しい。

あまりにも。

死のトレーニングとして:ものを捨てろ

どんなに欲を満たしても最後は「死の恐怖から逃れたいという「欲」」にとりつかれたまま死ぬなんてクッソくだらないオチを迎えたくないならば。

死ぬ前に、くだらない物欲を捨てていった方がいいと思うんですよね。

物を捨てるってのは、ミニマリスト風おしゃれyoutuberのおしゃれライフ的なポジションを手に入れろって事じゃなくて、マテリアリズムからの脱却をせよって話。

結局何ももっていなけない。という事実は変わらない。

生きている間に何をしようが、世間的価値観によって毒される事を甘んじて受け入れる残念な思考回路のままでは

死という最後の恐れを受容することは不可能。

物欲なんてマジでくだらないから、モノとともに物欲も捨てよ。

裸一貫、自分の体と能力とともに。ただそれだけアレばいくらでも人生を立て直せるという自信が出来るところまで磨き上げてこそ人生。

モノなんぞ、いらん。