いのいぬ.com ~お金と哲学と死など~

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独身論:結婚は死への恐れを増大させるかも

結婚と幸福と孤独の話をがちゃがちゃかきました

話の要点

  • 結婚すると一時的に孤独ではなくなる
  • 結婚は喪失感を増大させる
  • 孤独死よりも置いていく事への絶望感
  • 配偶者や子供を失うリスク
  • 対策:瞑想しろ

独身でも結婚しても孤独は避けられない

結婚する理由に「孤独の回避」を上げる人がいる。

まぁ、結婚すれば確かに一時的に孤独からの回避は実現できる。

一時的って表現は受けてによって解釈が変わるだろうけど、その孤独からの回避は永遠ではないのは確か。

先に死ねば孤独じゃないまま人生が追われると思っている人もいるだろうけど、死ぬ瞬間死ぬのは自分ひとりで、この自分の周りを囲んでいる多くの人はまだ生きていくのだと感じれば、それは孤独感だ。

そして、僕の憶測では、多くの人が「自分だけが死んでいく」という感覚をもって死ぬのではないかと思っている。

自我を持つ限り、人間は良くも悪くも、自分は特別。だから死んでいく時も自分だけが特別だと感じて死んでいく。

孤独感ってのは結婚によって切り離す事が可能な感覚だという誤解は早めに改めた方がいい。

死ぬ時は確実に孤独だし

周りに人がいても孤独である人はたくさんいる。

結局感情なんだ。だから、まぁ解決策はいつもどおりの話になるんだけど、今日はちょっと別の話も

結婚するとおそらく、死ぬのがより怖くなる

ぼくは 死生観についていくつか記事を書いたけど。

www.inoinu.com

その結論として

  • 死の恐れは 喪失感
  • 死は終わりではなく変化

だという結論に至ってる。これに関しては死の記事を呼んでもらいたいんだけど。

今回はその喪失感の話。

家族の死 と家族を残して死ぬこと

喪失感を助長させる要因として、何かへの依存が挙げられる。

依存状態は生きづらい。

それゆえに、昨今仏教的な思想や、ヨガを元にしたミニマリズム的なモノや執着の手放しといった概念が、一部界隈ではやってるんじゃないかと思う。

あらゆるものへの執着は苦痛で、そういったものを捨てる事、断つことが人を柵から開放してくれる手段であると気づいた人達がいる。僕もその一人だけど。

家族を作ると、執着との付き合い方が、そう簡単にはいかなくなってしまう。

あらゆる物事に置いて、簡単ではなくなるわけだけど

事、死についてはそれが顕著だ。

自分の死

孤独死したくないから、結婚を…というのはよく聞く論調だけど。

そもそも、結婚しても孤独で死ぬ事もある。精神的な意味合いでは前述した通りだけど、物理的にもこれはありうる。

配偶者が先に死ぬかも、子供ができていても死に目に立ち会ってくれるかどうかなんてわからない。

家族とは所詮、自分ではないのだから、その時その瞬間に自分の近くにいるとは限らない。

と、この話はおいておいて、喪失感の話に戻るけど。

死への恐れは喪失感であるというのは先に書いた通りで、自分が死ぬ時「喪失感」を感じる物事とはなんなのか

持たざる者は、喪失するものが多くはない。

せいぜい「自分の未来、つまり未来」くらいだろうと思う。

しかし、結婚して家族を作って…とソレ以外にもあらゆるものへの執着をもったままの人間は、死ぬのがひどくコワイはずだ。

  • 家族を失うという事
  • 家族を残していくという事
  • 家族との暮らし
  • 家族にしてあげたかった事
  • etc

わんさかわんさかと、あらゆるものを失う事を考えながら死んでいく事になる。

これは幸せなことかもしれない。

まだ生きたかったと思いながら死ぬ方が、人として幸せなのかも知れない。

でもそれは生きている人間の…、つまりまだそれを行える人間の詭弁のようにも聞こえる。

もう死ぬ人間にとってはすべて「失ってしまうもの」であって、これからはそれが出来る可能性なんて微塵もないんだから。

家族の死

これは逆でも同じ事が言える。

独身であれば体験しなくてよいイベントが発生する可能性もあるということは忘れてはいけない。

家族に死なれて、その後生きていく自分を想像してみてほしい。

それは元々一人だった人間には味わえない、恐ろしい苦痛だと思う。

だから僕にはわからないし、わかりたいとは思わないけど。

絆を作るということは、メリットばかりではないのだという事は理解しておいた方がいいと思う。

つまり、家族を作ると、「死にたくなくなる」はずだ。と僕は思う。

もちろんこれは精神的な病的な意味での死にたいという話ではなくて、人間は良くも悪くもクリアすれば終わりを意識する事もあると思ってるんだけど、家族がいると終わりがない。というか、終わらせてはいけなくなる。

これは生への執着を家族という存在によって強固にされ、死への恐れを膨張させてしまうという結婚によって発生するリスクだと僕は思ってる。

結婚はたしかに普通の事だけど、普通すぎる事ゆえに、イレギュラーな思考の人間には耐えられない状況を産むという事を、誰も考えない。

僕のように、抱える事が精神を病む事につながる人間もおそらくいるはずだし

結婚という一般的価値観を信じてしまったがゆえに、その苦痛を味わい続けることに、もしくは最後の瞬間に「あ、これは違ったな」と思う羽目になる可能性だってある。もちろん。最後にどうなるかなんて、何を選択してもわからない事だけど。

あまりに結婚という概念が、暴力的に一般的で、その恐怖を美談にしてしまう風潮が、本当の恐怖から世間の目をそらしてしまっているのではないかとすら思う。

幸福感を外的要因に任せるな

孤独感への対処っていうとネガティブなので、幸福感を感じるかどうかって事に話を強引にシフトしますん。

最近ちまちま繰り返し描いてる事だけど。

幸福の概念を外的要因に任せるのは間違ってると思う。

幸福なんて所詮その人の心の問題なんだから

その人が幸福だと思えば幸福なんだ。

外的要因や、相対比較で幸福を定義づけていると永遠に幸福になんてなれない。

結局心の問題なんだと理解して

それを理解した上で、自分が結婚したいと思えばすればいいし、したくないと思えばしなければいい。

僕は結婚を否定してるわけじゃなくて、結婚と幸福を強引に結びつけたり、孤独と結婚を結びつける事に違和感を感じてるだけ。

ニーチェやエピクロスに学んだ事だけど、結局世間的な価値観を信じるより、本来的で自分がそれを信じられる事を信じる事が生きやすさを感じる上では重要な事なんじゃないかなって思うんだすよね。

瞑想しろ

孤独感も幸福感も、結局心の問題なんだから

最後はいつもどおり、瞑想しろって事で

結局メタ認知能力を鍛えて、思考や感情への対処力を上げるしかないと思うんですよね。

そんなもんですよ。世の中なんて。

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