いのいぬ.com ~お金と哲学と死など~

漫画描きが、漫画や絵の事、作品レビュー、セミリタイアなどについて書くブログ

読書中記録:手放す生き方

読んでる途中でございますけども、もうアウトプットしつつ読みますです。

中道

中道ってなんぞ。

欲への執着とか、苦しみとか、そういうののちょうど中間地点で、すんってしたところ。みたいな感じかな。

欲にしがみついても、大変。苦しみに頭を悩ませても大変。

欲にしがみつくと、無い状態を知る事になって、苦しみが生じるから、左に行っても右に蹴飛ばされ、右に行続けるのは辛いから苦しくて左に走って逃げる事になる、そんな事を繰り返してるのが人間。

だから、ちょうど真ん中歩いてるくらいの平穏な思考でいたいよねってのが中道的な考え方なんだと思いますけども。

それを実践するには、自己観察と気付きの繰り返しであって、これがDMNが穏やかな状態なんでしょうね。前貼ったYou Tube動画で解説されてたみたいに、瞑想家はそういう頭になるらしいので。

▼ これね

www.youtube.com

瞑想は知識ではなく、経験によって理解せよ

瞑想は知識ではなく、経験によって理解せよ的な話しが書かれてますね。瞑想というかダンマの理解なんですけど。

ぶっちゃけダンマをどう捉えればいいのかよくわからんけども、哲学的な意味での真理とか、世界の理的なものでしょうね。まぁ中道的生き方に思考が達するのも同じことと捉えていいんじゃないかなと思います。

仏教的に言えば、諸行無常であることを、理解するって事ですかね。わからんけど。

体験で知れって…これは別に、瞑想とか悟りとかそういう事だけじゃなくて、仕事もそうだよなーってそんな事を思いつつ読んでます。

2019年は知識詰め込みばっかやってて、実際に自分が動く事が少なくなってた気がするので、アーチャン大老の教えに気づきを得て、ちゃんと動きつつ生きていきたいなと思いますねぇ。

なんか、科学より東洋哲学の方がわっかりやすいし、「科学的かどうか」って事を気にするより「やる」って選択肢を選ぶ事の方が重要だと思いますんで、しばらくはこの本と、岡本太郎先生の本をバイブルにばんっばん動いていきたいですねぇ。

別に仏教徒になるわけじゃないんだけど

知る事では解決できないのだけはわかってきた。経験・体験しないと、何も見えないんだなぁって。

だから、哲学は僕に新しい思考を与えてくれたけど、それを実践する方法はわからず結局頭の片隅に世俗的な価値観がふらついて悩みから完全に開放されるには至らなかったんでしょうね。

ニーチェはニーチェとして考えを述べる事は出来ても、「どうすればいいか」の具体策なんてないんでしょう。

これは瞑想も同じだし、本書にも書かれてることですけど…理想の状態に達しようと思えば思うほど、その実現は遠くなるんですよね。それは達しようと思う事で自分が達していない事を認めていて、その心理状態から抜け出すのが困難になるからって事なんでしょうけど。

この辺スピリチュアルというか、引き寄せのなんやらが流行ってた時に同じような理屈話してた人がいたので、それとごっちゃにされるとちょっと困るんですけど。アレは新興宗教な上に物質的欲望に満ち満ちてて結局キリが無いですからね。

まぁ、この辺を他人に理解してもらおうとか、自分が瞑想の道にどっぷり浸かる理由を西洋文化的思想が当たり前になったこの国で弁明しようとかそんな事は別に思わないものの

まだ若干抵抗がある時点で、自分は「人にどう見られるか」って事への意識が健在なんでしょうね。

人がどうとか、どうでもいいとわかってても気になるってのは、まだまだ理想の状態には程遠いって事ですなぁ。

ほんと、そういうの全部無視できるようなメンタル欲しいです。

マインドフルネスストレス低減法

マインドフルネスストレス低減法